Diamond Ф Bangle

 みんなの話を総合したところ、計画通りジュディスは評議会の用意した毒を入れ替えた。そこまでは計画通りだったのだが、如何せん多すぎた毒の為に仮死状態になったユーリをダングレストに運び込んだが、解毒薬を作るのに必要な薬草が足りずに死の淵を彷徨う嵌めになったらしい。
「で、件の商人ギルドがその花を持っていることを思い出したおっさんが止めるのも聞かずに飛び出して、死にかけた。と」
 じ、と隣に座り込んだレイヴンに視線を向ければ居心地が悪そうに居住まいを直している。
「だってジュディスちゃんたちエフミドの丘に行ったって言うんだもの。間に合わないって思うでしょ、普通!」
「でも元々私たち、直ぐに戻る予定だったの。だから船で海を渡ったおじ様に追いついた上に、瀕死のところを助けるのに成功したのだわ」
 大きな胸の下で優雅に腕を組んだままジュディスが、面白がるように瞳を和らげて全員に同意を求めるように辺りを見渡した。誰もその言葉に異を唱えるものはおらず、レイヴンは半泣きのような状態で唇を尖らせて「だって、」と床に指先を押し付けている。
「ていうか、馬鹿はおっさんなんだからね!アンタが初めにそれを思い出しさえすれば、もっと早くユーリは目覚めたしアンタも危険に曝されたりしなかったはずだったのよ」
 大体、無茶しないっていう約束はどこにいったのよ!
 びし、と突きつけられた人差し指に参りました。と項垂れたレイヴンが素直に謝ったところで、カロルが「でも、こうして皆でまた一緒に居られてよかったね」そう笑えば、それまで嬉し涙が止まらずに眦を擦り続けていたエステルも大きくその言葉に頷く。
 なんとなく場がまとまったところを見計らうように、リタが気遣うように萌えるような緑の瞳を真っ直ぐにユーリに向けた。
「ユーリ、目は覚めたけどもう少しだけ安静にしていて」
「了解」
 もともと言われなくとも、こうして体を起こしているだけで鉛のように体が重いのだ。話が終わったら横にならせてもらうつもりではいたユーリは素直に、片手を挙げて了承を示す。
「そ・れ・か・ら、おっさん!」
「おっさん、ユーリの見張りね。見張ってればアンタもこの部屋から動かないし、一石二鳥だわ」
 見張りなんて必要ないだろう、と断ろうとしたユーリのベッドの上に投げ出されたい手のひらにレイヴンのうっすら冷たい指が重ねられる。なんとなく、その重ねられた手のひらの意味合いを悟ってしまったユーリは短く嘆息して渋々とその提案を受け入れた。


 自力で体を支えることに限界を感じていたユーリは、皆が寝室を後にするのを見計らってレイヴンの手を借りて背に当てるクッションを積み上げてもらう。
 甲斐甲斐しく世話をやくレイヴンに小さく礼を言って視線をあげれば、先ほどは気が付かなかった包帯が彼の胸元から肩にかけて巻かれている。
「怪我したのか?」
「あーちょっとね。でも大丈夫、今度リタっちが心臓魔導器(コレ)の筐体少しずつだけど変えてくれるって」
 それ、全然大丈夫じゃないだろ。
 そう思うが口に出す前にレイヴンの大きな手が頬に触れて、真っ直ぐに灰碧の瞳がこちらを覗き込むものだからユーリは視線から逃れるように瞳を閉じて、そのうっすら冷たい指先に擦り寄るような仕草をする。
 このいつでも少し体温の低い指が好きだ。頭を撫でられるのは莫迦にされているようで、小さな頃からあまり好まなかったがレイヴンがこうして頬に触れて髪を梳く仕草は嫌いではない。
「あの話、覚えてる?」
 耳をくすぐる様な低い声に黙って頷く。
 瞳を開けば相変わらず灰碧の瞳がじっとこちらを見つめていた。
「…ずっと考えてた。言いかけた言葉の続きを、それから――」
 いつまでもやって来ない嫌悪の理由を。
 思い出してまた、ユーリは唇をぐっと拳で拭う。おかしいのだ。唇の感触を思い出すたびに早くそれを押さえてしまわないと、そこから体中を侵食するなにかに飲み込まれそうになる。けれど、決してその嫌悪とは違うそのものが何なのか。今ならわかるような気がした。




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