部屋の外でぼそぼそと交わされる会話が耳障りで、ユーリは回らない頭のまま薄く暗紫の瞳を開いた。 まぶしい。 朝、目が覚めるときのような気分と言うよりは夜中に突然まぶしい光の下で目を開いてしまったときのような世界の眩しさに眉間にしわがよる。思わず目を覆うために腕をあげようとするのだが体が動かない。 だるくて動かないのではなく、明らかに体をがっちりと囲われてて動くことが出来ないのだ。 …牢屋の中でまで縛るなんて、騎士団も必死だな。 今度フレンにあったら囚人の扱いについて文句を言ってやろうと思ってそこでユーリはと驚いたように今度こそはっきりと暗紫の瞳を開いた。 ザーフィアスの地下牢に光は届かない。暗く湿っていて、レイヴンがなにを好き好んであの場所にいるのかなんてわからないと常々思っていたではないか。 開かれた世界は、見慣れない部屋の天井と開け放たれた窓から吹き込む穏やかな風と陽光に包まれていた。 「…こ、は」 どこだ? 声を上げたつもりだったが、上手く声帯が震えなかったというよりは酷く喉が渇いていて掠れた声しか出ない。水が欲しいと思うのだが、自分の体はがっちりと毛布に覆われていて身動きが出来ない。 仕方なしに体を捩って毛布から抜け出そうとしたところで、咎めるような声に名前を呼ばれた。 「ユーリ!」 動かない体に視線だけを向ければ、湯気の立つ桶を手に丁度部屋に入ってきたレイヴンが今にも桶を取り落としそうな勢いでベッドに走りよってくるなり、そのまま抱きしめられた。(幸い桶は床に置く程度には冷静だった) 苦しいほどの締め付けに何の拷問かと思って、そこでやっと頭の中の記憶がつながった。 「俺…無事に出られたんだな」 「無事、じゃなかったんだけどねぇ…」 レイヴンの意味深な言葉に首を傾げれば髪が首元をくすぐる。 「どのぐらいたった?」 一音ずつゆっくりと口にすれば声は掠れているが、発音出来ないことはない。そのことに気が付いてユーリは乾いてかさつく唇をゆっくりと動かしていく。 「――五日。五日よ、青年その間のおっさんの気持ちわかる?」 「きもち、なんて」 しるかそんなもの。 そう続けようとして、頭の中であの日別れ際の会話と唇の感触が甦ってユーリは無意識に唇を擦ろうとするのだが、いい加減この毛布を剥がしてもらわなければ腕も動かせない。 小さくため息をついてユーリは取り合えず毛布を剥がしてもらうのを手伝ってもらうことにした。 「つーかこんなに掛けられてたらそりゃ、身動きできないよな」 ため息混じりに呟けば、レイヴンが苦笑しながら同意する。二枚も三枚も掛けられた毛布だけではなくて、捲くってみたら大腿や脇の下に温かい湯を入れた皮袋まで仕込んであった。 でも、事前にリタから受けていた説明に何となく全てを察したユーリは黙って皮袋を脇に除ける。 「って、そこの病人二人組みなにやってんの!」 丁度そこへ何も知らずに天才魔導少女がラピードを従えて部屋に入ってくるなり起き上がっていたことに驚嘆の声を上げた。 「ていうか、ユーリもう大丈夫なの?え、エステル!ユーリ!目覚ましたわよ」 「ええっ本当です?」 入り口から廊下に向かって少女が大声で叫べば、エステルがスカートの裾を絡めるように部屋に駆け込んでくる。ユーリはその慌てぶりに苦笑しながら、よ。と片手を上げてみせるれば、へなへなと入り口に座り込んでしまった。 「ちょ、エステル」 「よかった――本当に良かった」 「あらあら、目覚めた途端に女の子を泣かせるなんて隅におけないわね」 ぼろぼろと涙が頬を伝い落ちていくエステルの背をさすりながら後からやってきたジュディスとカロルが非難がましい視線をこちらに向けてくる。ユーリは困ったように肩をすくめるしかない。 「えっと、取り合えず俺が寝てる間のこと説明してくれ」 なぁ?と隣に立つレイヴンに助けを求めるように視線を投げかければ、曖昧に首を傾げられた。 |
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