「今回わたしたちが立てた計画とは別に、評議会の過激派は自分たちで、ユーリの処刑を計画した上、わたしを――エステリーゼ・シデス・ヒュラッセインをその計画の首謀者としようとしたんです」 薄い色の唇を不満そうに尖らせて、細い指を胸の前で交差させる。 本来なら評議会の推す皇帝として帝位につくはずだった姫君を策略の道具として利用しようというのは、傀儡としての利用価値もないと宣告されたも同然であるというのに目の前の少女は全く気に病む様子はない。 その事実に気づいていないだけなのか違うのかを迷うところだが、レイヴンは無精ひげの伸びた顎をするりと撫で上げて、ひとまずそれは置いておくことにする。 「…それで、過激派の計画を利用することにしたってこと?」 「全てが終わったら評議会をわたしの名前を利用しようとした罪で、騎士団が進める過激派のあぶり出しに一役買うことにしたんです」 「元々ユーリの処刑を勝手にやった、ということで訴える予定だったのよね?」 言葉尻を継いだジュディスにコーラルピンクの髪が揺れて同意する。 この計画を利用して連中が用意した毒の杯をリタが用意したものに入れ替え、青年を殺害した罪を副皇帝候補の姫君に擦り付けようとした罰として評議会の粛清を進める。尚且つ、青年は処刑されたという仮の事実によって表舞台から姿を消すことができる。 一見良い事尽くめだ。 だが、とレイヴンは居並ぶ少女達を見回して唇を噛みしめる。 「粛清への布石は成功したけど、肝心の計画に穴があった」 「――ええ。だからその為にできることを今しているの」 厳しく言い捨ててリタは真っ直ぐにレイヴンに向き合うと、一瞬視線を外してそれから意を決したようにもう一度視線を上げた。 「だからまず、聞いて欲しいの。レイヴン――アンタの心臓魔導器を昨日見た限りでは生命力をエネルギーに変換しても、それを上手く魔核が取り込めていないみたいなの。つまり、おっさんの体は常にエネルギー不足の状態なわけ」 小さな手のひらがそっと心臓魔導器に押し当てられて、その手の熱と見上げてくる真摯な瞳にレイヴンは黙ったまま頷くしかない。 「エネルギーを取り込めないから魔導器はエネルギー不足だと思ってますます生命力を取り込むし、作られたエネルギーは魔核に取り込まれずに溢れて最終的に魔導器を蝕む。悪循環ね」 濃すぎるエアルが肉体に影響を与えるのと同じように魔導器がエアル過多の状態になるのは、一般にはあまり知られていないが決していい状態ではない。ましてや、心臓魔導器は自分の生命エネルギーで動いているのだ。 「小さな怪我ひとつでも命取り、ていうことかしら」 「えぇ」 そう説明されてレイヴンはあぁ。と一人得心して頷いた。原動力が足りないからあんな小さな術ひとつで秘奥義を使ったときのような痛みに襲われたのだ。そう説明されれば、絶対安静の理由も二度続いた不調の理由も納得できる。 「だから、アンタを薬草探しに参加させることはできない。…全てが終わったらちゃんと原因を調べて調整するから、お願い。このままここから動かないで」 「それが出来ないなら、ユーリの状態を教えることは出来ないわ」 強く宣言されて、レイヴンは深いため息をつく。 半眼に伏せた灰碧の瞳でそっと伺うように、青年の横たわるベッドと僅かにシーツから零れた長い黒髪を見やって魔導器に添えられたままだった小さな手を取って、深く瞳を閉じた。 「―――俺様の命は凛々の明星のものでしょ、勝手に死んだりしないって約束する」 それが口先だけの約束にならないことを願いながら、レイヴンは少しだけ微笑んでグローブをしたままの手を解放する。わずかに目じりを染めた天才魔導少女が、それを誤魔化すかのようにひとつ大きな咳払いをして立ち上がった。 「ユーリの状態は正直に言って良くないわ。さっきおっさんが言ったとおりこのままだと数日ももたない」 萌えるような緑の瞳が射るようにこちらを見たまま口を開いた。固い口調ではあったけれど、こんな場面でも残酷な現実をしっかりと口に出来るのはリタのいいところだと、関係のないことを思いながら相手の言葉に返事代わりに頷くだけの相槌を返す。 「解毒剤も、手分けして薬草を揃えているけどあと二つ手に入れるのが難しいものがあるの。シカゴシムの花とキルタンサスの花よ。どっちもこの時期は実は簡単に手に入るけど、欲しいのは花なのに」 「でも、シカゴシムはラピードとカロルが探しているのでしょう?大丈夫、彼らならきっと見つけてくれるわ」 「なにその自信」 「…予感、かしら?」 長い指を頬に沿わせてジュディスが艶容に微笑む。 シカゴシム程度なら狂い咲きしやすい品種でもあるし、雨の多いじめじめした気候が常であるダングレスト周辺を隈なく探せば確実に見つけられるだろう。だが、問題はキルタンサスのほうだ。 遠い昔、キャナリが好きだと言ったあの花は元々生息している地域が限られているばかりか、開花している時期も短い。だから、薬としてあの花を利用するには乾燥させて保存するのが一般的だ。 「幸福の市場にはあたった?」 「一番初めにね。でも現物はない上、テルカ・リュミレース中をこれから探すっていうのにとんでもない値段ふっかけてきたわよ」 「…だろうねぇ」 いくらギルドとして名を立てたとは言え、そんな希少価値の高いものは彼らどころか誰もがそう易々と手を出せる値段ではない。ましてや、世界の流通を牛耳る幸福の市場が入手できないのだ。手に入れるのは容易ではないだろう。 けれど、とレイヴンは首をひねる。つい最近どこかでその乾燥花を見かけのだ。とんでもない値段がついていたそれに眉をひそめた記憶はあるのだが、どこで見かけたのか記憶が判然としない。 てっきり幸福の市場で見かけたのだとばかり思っていたのに、世界中を股にかける股に掛ける彼女の流通ルート上には乗っていないのだと言う。 単に見かけてから時間が経って売れてしまっただけなのかもしれない、そうは思うが手に入らないからと諦めることなど出来るはずがない。諦めたら、それはきっと不義になる。 全員の視線が青年に注がれたところで、勢いよくリタが立ち上がると合わせたようにジュディスがうなずくだけの返事を返す。先に手に入れた薬草を届けてユーリの様子を伺うだけのつもりだったのに、予想以上に長居してしまったらしい。 「ジュディスとあたしでまた探しに出るわ。おっさんはくれぐれも安静にしてて―――必ず助けるからそこで待ってなさい」 「あら、頼もしい」 「…エステルはこのままユーリの容態を見ながら、さっき渡した薬草をつぶしておいて。カロルが戻ったらそれも」 「はい。任せてください」 しっかりと頷いたエステルが部屋を後にする二人を見送って、それでもまだベッドの上に身を起こしていたレイヴンを見つけると「絶対安静ですよ!」とシーツの上に押し倒した。 |
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