Diamond Ф Bangle

 いつの間にか顔パスになってしまったユニオンの玄関口を通り抜けて、馴染み相手に騎士団について問えば指名手配犯は近寄らない方がいいなんて冗談を含んで笑われる。
「ハリーも莫迦じゃないが、騎士団への許可はユニオンの総意で与えられる。気をつけたほうがいいぜ」
「人身御供にでもされるって?」
 冗談とも真実とも取りかねる意味深な言葉を交わせば、hぐらかすように肩を竦められる。自分自身の予測はあるのだろうが、それを口にするほどユニオンの見張り番の口は軽くはないらしい。
「…そういう奴もいるってことだ」
 そう言い置いて彼は、騎士団がユニオンを訪れているという噂をききつけてやってきたギルドの男たちの対応へと出て行く。その声を聞く限り、本当は客人が着ている間ユニオンには五大ギルド幹部以外の立ち入りは許されていないらしい。小さな特別扱いに心の中で礼を述べて、ユーリは悠々とユニオンの奥へと足を踏み入れた。
 普段、ユニオンに寄らなければならないような用の殆どをカロルに任せている(押し付けているのではなくて、カロルが凛々の明星のボスであると周知させるのに丁度良いというレイヴンの助言でもある)が故に、ユーリは久しぶりに訪れたユニオンの中を記憶を頼りに足を進めていく。丁度、地下牢へと続くくらい石造りの階段の前を通り過ぎようとしたとき。先ほど街で見かけた蜂蜜色が視界の端に映る。
 立ち止まって今度は真正面からその蜂蜜色を捉えれば、レイヴンに告げたとおりの人物が立っていた。
「フレン、」
「やぁ、気づいてくれると思ってたよ」
「その髪の色は隠れるには向かねぇよ。で、騎士団長さまが何の用…て聞くだけ無駄か?」
 ガリガリと後頭部をかきながら楽しげな視線を向ければ、同じ高さにある空色に剣呑な光が宿る。
「騎士団は君を差し出せば、現時点で指名手配されているほかのギルドの犯罪者を見逃すつもりだ。…ヨーデル殿下もこれ以上、皇帝就任の恩赦を出す時期を引き延ばすことができない」
 苦虫を噛み潰したような声が暗い廊下に反響する。
 つい最近、エステルが過激派の貴族を一掃してユーリが安心して恩赦を受けられるようにするのです!と意気込んでいたのが嘘のような言葉にユーリは鼻を鳴らした。
 明らかにどこかからの圧力が掛かっているような言い口だ。
「はっ、いいのかよ。天下の騎士様がそんなことして」
「構わない。どうせそんな奴らはまたすぐに罪を犯す。それを捕まえればいいだけだ」
 ひでぇこと言いやがる。
 口元を歪めてそう笑えば褒め言葉として受け取っておくよ。そう返された。
 その微笑に湿った石壁に背を預けると、刀の紐を絡めたままの腕を組む。随分強引な手に出たものだとは思うが、新皇帝陛下と副皇帝候補のエステルが絡んでいる計画が外に漏れないほうが不自然なのだ。恐らく計画を知った評議会側が既に皇帝位にあるヨーデルに対して、就任の恩赦が遅いのは威信に関わるだとか迫っているのだろう。
 まぁ、評議会にしたら真実は、過激派に狙われる事を恐れたユーリが時期を逸して恩赦を受けられなくなることを想定しているのだろうけれど。
 ユニオンにしても見逃して欲しい者は見逃され、お荷物が消える。そんな魅力的な誘いに騎士団が求める許可が下りないはずはないだろう。
「僕は君に自由になって欲しい。恩赦を受けられるチャンスは今が最初で最後なんだ。その為ならなんでもする」
 強い言葉とともに着慣れない一般兵卒用の鎧が無骨な音を立てて、ユーリの肩ごと黒衣を掴んだ。僅かに俯いた蜂蜜色の髪が獣脂を燃やして灯された光に照らされて深みを増す。
「君にだって捨てられないものがあるはずだ。そしてそれを守るためには自由が必要だ。違うのかい?ユーリ」
 捨てられないもの。
 そう言われた瞬間脳裏に映ったのは、いつでもうっすらと冷たい指先でユーリの手に触れて、祈るように瞳を閉じるレイヴンの姿。
「――――っ」
 フレンの真っ直ぐな視線から逃れるように顔を逸らせば、夜色の髪が跳ねる。思わず染まった頬を隠すように刀の紐を握り締めたままの左手で覆えば、あの日レイヴンが手当てをしてくれた傷跡がのぞいた。

『青年はさ、ちゃんと真っ直ぐに生きて頂戴よ』

 あれはザウデ不落宮のすぐ後のことだ。魔物にまんまと一撃を喰らってしまったユーリにいつも通りの軽い回復呪文を唱えて、それでも痛む腕に清潔な包帯を巻きながら言ったのだ。
 単にアレクセイと比した言葉だったのかもしれないが、罰を欲していた己には酷く記憶に残った。
 なんだって、こんな時に思い出すのがあのむさ苦しいおっさんなのかわからない。
 けれど確かに今のユーリにとって、レイヴンの言うように生きるためには自由が必要だ。このまま逃げて、騎士団が目こぼしを続けても昨今話題の暴漢どもはユーリを放ってはおかないだろう。やがては命を懸けて対峙する日は必ずやってくる。
 そんな生き方は誰も望みはしないものだ。
 冷たい水を流しこまれたように冷えた気分を誤魔化すように咳払いをひとつして、俯いたままの髪にそっと指を通せば男のくせに手入れの行き届いた柔らかな髪に思わず苦笑が漏れる。レイヴンのごわつくように硬い髪とは雲泥の柔らかさだ。
「いつ帝都に戻るんだ?それについていけば、フレンの手柄にもなるし手間も省けて一石二鳥だろ?」
「君は…捕まりたくなかったんじゃなかったのか?」
 ずっと嫌がっていただろう。
「そうだったか?」
 あっさりと承服したことに驚きを隠せないフレンに、ユーリはわずかに視線を緩める。
 実際のところ投獄されることで危険に晒される可能性を知って、最も反対したのはレイヴンやカロルをはじめとする凛々の明星の面々であったし、ユーリ自身正式な形で裁かれるならまだしも決してこのこの国のたえにならない輩に身を差し出すほどお人よしでもない。
 だから、もしも過激派と言われる連中がここあで台頭してこなかったらユーリはとうの昔に恩赦を手に入れるか、断頭台を己の血で濡らしていた筈だ。
「自由は欲しいさ。ただ、過激派のお貴族様に殺られるのだけは勘弁だけど。それにきちんとした手順を踏まない限り本当の自由なんて手に入らない。だろ?」
 悪戯っぽく笑ってぐしゃりと頭をかきまわしてやれば、つられたようにフレンも相好を崩した。
「本当は、君に逃げてくれって言うつもりだったんだけど…必要なかったな」
「なんでまた?」
「騎士団は君を暴漢から守るつおりだけど、万が一だってある。いや―――それはあってはならないことなのはわかってる。だけど正直なところ、今の状況で過激派の貴族を取り締まることは出来ないんだ」
 きゅ、ときつく形の良い唇を引き結んで再び黒衣を掴む両の手の力が増せば、戦くように小刻みに震えていた。
 いくら騎士団とは言え、貴族を取り締まることは今でも難しい。それを変える為に騎士団に入り、上に上り詰めた騎士団長という地位でさえ簡単にはいかないのだ。フレンは夢を上り詰めた後の現実に苦しんでいる。
「わざわざそれを言うためだけにこんな変装してきたのかよ」
 この俺がそう簡単にやられるわけないだろ?
 深刻な雰囲気を茶化すように、こん。と鎧の胸元を叩けば軽い音が響く。
「騎士団長ていうのは私事で動くにはすごく不便なものなんだよ。ユーリ」
 トイレに行くのにも護衛が付いて来るんだから、まさか真実なんて言えるわけないだろう?
 同じ高さの瞳と向き合って二人で肩を竦めるように小さく笑いをかみ殺すと、吹っ切るように互いの利き腕を打ち合わせた。
「出発は三日後だ。三日後に”騎士団長殿”がダングレストに到着する。そうしたら出発だ」
「頼むぜ、フレン」
 その手を放した時、丁度ユニオンの奥で五大ギルドと話し合いの席についていた騎士の一人がフレンへ話し合いの結果を知らせるために部屋を出てくるのが見えた。


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