Diamond Ф Bangle

―――奨励・警告・予防・安心・幸せな人


 昨日から降り続く雨が、しとしとと地面を濡らしている。派手に降ることもない代わりに、常よりも薄暗いどんよりとした空に色を奪われたような錯覚さえ覚える。
 こんな天気は嫌いだ。
 別にこの雫が冷たい一片に姿を変えるような季節でないことはわかっている。分かっているけれど、気分が滅入るのはどうしようもない。
 その上こんな日に買出し係だなんて最悪だ。そりゃ外への連絡事項がある時なら喜んで出ただろうが、今日に限ってそんなついでの用事さえないのだからどこまでもついていないらしい。小さくため息をついて、湿気で落ちてきた前髪を手櫛で乱暴にかきあげる。
 宿に戻ったら、濡れた服を着替えて今日はもう絶対に外には出るまいと心の中で誓う。たとえハニーが雨上がりの虹を見に行こうなんてあまいお誘いをしてきたとしても、だ。
 雨避けの張られた露天で最後の買い物を終えると、ゼロスは小さな紙に並ぶ端正な文字と腕の中の物を一つずつ照合していく。グミと食糧が何点か。旅の途中にしてはあまりにも少ない買い物だが、この街に少し長く滞在することを決めている自分たちには十分な分量だ。全てが揃っていることを確認して、後は早々に宿へ戻ろうと淡色の傘をくるりと回した。
 白黒の街並みを宿に向かって踏み出したところで、人通りもまばらな横道に鮮やかな紅を見たような気がしてゼロスはゆっくりと水溜りの手前で立ち止まる。
「ロイド?」
「ゼロスが買い出し係だったのか?」
 かけられた声に頷けば振り返ったロイドが傘の代わりに黄色い花を手に、にかりと笑う。そのすぐ傍には花かごを抱えた子どもが二人を不思議そうに見上げてひとり立っていた。詳しく話を聞けば、宿の窓から雨のせいで花が売れずに困っていた子どもの姿が見たのだという。
「あ!勿論俺のお小遣いだからな!」
 慌てて弁解する言葉にゼロスは困ったように笑った。
 たった一日助けてやったところで、雨がやまない限り子どもの商売は上がったりのままだろう。明日はどうするのだろうか。明後日は?その次は?そうは思うのだが、きっと彼はそんなに深く考えてはいないに違いない。目の前で困っている人がいたら手を差し伸べずにはいられない。そういう性分なのだ。
「はいはい、じゃー傘を持ってないハニーは俺さまと一緒に帰りますよー」
 こんなにずぶ濡れになっちゃって。と肩を竦めて傘を差し出せば、屈んだために地面の泥水を吸った飾り紐が重そうに背中を汚すのが見えた。あぁ、これは怒られるだろうな。そう思ったところで今さらどうしようもない。
 小さな花売りに手を振って、二人並んで白黒の道を歩き出す。
「ゼロスも買ってやれば良かったのに」
 くるりと黄色の花を回しながらつぶやかれた言葉にゼロスは、濡れて角度のないロイドの頭を撫でて悪戯っぽく頬を上げる。
「俺さまが花なんて持ってたら街中のハニーたちが取り合いになっちゃうでしょうが」
「はぁ?」
 本気で呆れている声音にすみませんでした。と即座に謝って、ロイドの手の中で弄ばれている黄色い花の匂いをかぐ。微かな甘い匂いがいっぱいに広がって、満たされる。
 今は見えない太陽のような色の花。
「…ハニーはこれ誰にあげるつもりだったの」
 上目使いで見上げれば、小さく首を傾げられた。年の割に幼いその仕草は困ったときの無意識のくせだ。
「考えてなかった」
「きっと困ってるんだろうなって思ったから。別に誰にやろうとか思ってなかったんだよな」
 チョコレートカラーの瞳を眇めて僅かに考え込むような仕草を見せてから、突然鈴なりに小さな花弁のついた花がずい。とゼロスの目の前に差し出される。その意図が理解できずに黄色と水を吸った紅を見比べれば、満面の笑みが添えられた。
「これ、ゼロスにやるよ」
 勢いごと手に持たされた花に傘から滴が一粒落ちて跳ねる。
「今日ずっと機嫌悪そうだなーって思ってたんだ。こういう天気ゼロス嫌いだろ?だから、少しでも慰めになればいいかなって」
 今思ったんだけど。ダメかな?
 ダメじゃない。そう直ぐに伝えたかったのに咄嗟に声に出来ず、手だけが思いのほかしっかりとした花の軸を受け取った。ゼロスの指先が確かめるように、黄色の花をくるりと回したことに満足したのかロイドが先に一歩を踏み出す。
 泥水を吸った飾り紐がはためく背中に、不機嫌だったことに気付かれていたことよりも何よりも。彼がこの花を贈る相手に自分のことを思ってくれたことが純粋に嬉しくなる。
「…ありがと」
 くるりと黄色の花を回して呟いた言葉に後ろを振り返ったロイドが満足そうに微笑んだ。


2011/10/23 061会報誌無配
アキノキリンソウの花言葉:奨励・警告・予防・安心・幸せな人
ていうのがゼロス(生存ルート)だよなぁ!と心底思ったので
その花のイメージ