初めて出会ったとき、ふと懐かしい気持ちにおそわれた。 その時にもぅ心は決まっていたの。 不謹慎、と言えば聞こえがいいのだろうか。こんな朝を迎えるだなんて。 白いシーツにこびりついた赤をそっと指で撫でる。乾いてざらざらした感触は戦闘のときに見るものと同じとは、俄かには信じられない。 なんだかもっと神聖でいっそ汚らわしいものに見える。 「…複雑な気分ですわ」 ぽつりと呟けば、まだ赤い髪を散らして眠る少年がわずかに身じろいだ。 長い髪は記憶の中と寸分たがわず、グラデーションを描くことも無い。それを一筋すくい取って冷たい髪に口付ける。 「ルークがレプリカで貴方はダアトにいた。そして今度はルークを魔界に置いて貴方と一緒に旅をしている。それに世界は崩壊の危機に満ちている…ですのにまた、二人で朝を迎えられる」 日々とは時間とは残酷ですわね。 自嘲気味につぶやいて、髪の毛をそっとシーツの上に散らした。 こうして二人一緒にいると幼い時分を思い出さずにはいられない。思えば幼い頃はよくこうして眠ったものだ。 そして、ルークでないルークを思い出すとき。記憶はいつも幼い日々を描きだす。 王女でありながら赤い髪も持たず、王位継承権もない聞き分けの悪い子どもの相手をしてくれたのはアッシュだけだった。 ひとつ年下なのにシャンといつも背伸びをしていて、子どもらしからぬ固い口調で何度も励まされた。 『ナタリアは確かに赤い髪も緑の瞳もない。だけど気にしなくていい、そんなもの俺がくれてやる』 『だから、王女であることに誇りを持っていればいい』 それは何かの受け売りだったのかもしれない。十に満たない子どもにしては随分と大人びていた。 でもいつも、それでも泣き止まないナタリアにじっと寄り添い、結局泣きつかれて沈むように眠るのだ。小さな頭をふたりくっつけて、寄り添うように。 小さなルークはほかに慰め方を知らなかったのだろう。 シュザンヌは違ったが、思えばファブレ公は王家に連なる男児たるもの!そう叱るタイプだ。 女親の真似は恥ずかしくてできず、かといって男親の真似をすれば慰められない。小さなルークにはそれがどんなにか心痛かっただろうか。 でも、今になればすべてが微笑ましい。 アッシュのまぶたにそっと口付けを落とす。幼さの抜けかけた横顔は、昼間の厳しい表情から解き放たれていっそ美しい。 昨晩突然アッシュの部屋を訪れたナタリアに向けられたのも、こんな眉間にしわを寄せないように。厳しい顔をしないようにと注意が払われたものだった。 キスをして、抱き寄せて。寄りそうになる眉間を必死で伸ばして。最後に時間が無いんだととだけ呟いて、ナタリアを抱いたのだ。 …満たされている。 そう思うのは錯覚だ。世界は混沌とし明日をもしれない。 だけど、満たされている。身の内から湧き出るような笑みに全身を委ねて微笑んだ。 「世の中ではこういうのをい幸せだと言うのでしょうね」 愛する人とひとつになりたい。同じ未来が欲しい。それが叶うときひとはこんなにも満たされる。 けれど、胸の中は満たされているのにチリチリと癪に障るものが残っている。それは王女としての自分。公の人間としての自分のココロ。 ―――世の中がこんなときに王女たるわたくしがひとり幸せであってよいはずがないのです! 「それでも。世界でたった一人、わたくしと同じ道を選べるのはルークだけなのです」 手に入るチャンスは後にも先にも今このときだけ。 きっと貴方はまた、理由をつけてわたくしたちの傍から居なくなってしまうのでしょう? だからどうしても手に入れたかった。 「聞き分けのないわたくしに愛をくれたのは貴方なのです」 初めてアッシュとして出会ったとき、ふと懐かしい気持ちがわいた。 あのときから心は決まっていた。 わたくしは貴方を選ぶのだと。 両の手でアッシュの顔を包むと、そっと口付けた。 いつの間にか外は真緋色に染まっていた。 ――――I just hold you |