Diamond Ф Bangle

静寂が支配する。
降り積もる雪が音を吸収するから、この街はこんなにも静かなんだと教えてくれた幼馴染はあまりの寒さにひぃひぃと泣きながら女性陣たちと、早々にホテルへと引き上げてしまった。
残されたのは、雪を始めて見たのだと喜ぶこどもと道案内!とパーティ全員に指名されたジェイドひとり。ジェイドはやれやれと肩を竦めながらも不思議そうに足元に雪を集めては靴底で踏み固めるのを繰り返すこどもに温かな視線を向ける。
赤い視線に気が付いたのか、こどもは笑って手を振る。

「ほ。ん、とに雪って冷たいんだな!」

白い吐息の声は、凍えていたがそれでも弾むように雪の上を転がる。
グローブをしただけの指先も、鼻も頬も寒さに真っ赤に染めてなにが嬉しいのかジェイドの目には楽しげに映った。

「ただ寒いだけでしょうに…アナタも相当奇特な人ですねぇ」
「だって。きれい。だろ?」

雪は、すくうかたちに合わせられたこどもの手にも、ジェイドの肩にも満遍なく降り注ぐ。こどもゆえの体温の高さなのかジェイドの肩につもった雪花は何時までも白く残っているのに、こどもの雪は肌に触れるか否かの瞬間で消えていく。
幾つめかの粉雪が少年にしては長いまつげの上で瞬くと、こどもは満足そうにこちらへ足を向けた。

「海も、空も。町もひとも。色んなものがきれいですげぇって思った。だけど雪が一番きれいですげぇよな」
「すごい…ですか?」

白を舞い散らかす風にずらされた眼鏡を指先だけで押さえて繰り返す。生まれて首都に出るまであたり前のように過ごしてきた街。雪の多い地方に住む人間にとって雪は日常であり、疎ましいもの以外何でもないものだ。
現に首都からやってきて幼少期を過ごした皇帝陛下ですら、除雪されて積み上げられた雪の壁は牢獄のようだと評したし、降り続く雪はゴミ箱の底を叩いた綿ゴミのようだと笑う。

「長く、この街に住んだことのある者には―――わからない感覚ですね」

くっ、と喉を震わせて笑う。
こどもは少し不満そうに顎を上げたが、直ぐにまた目の前の白に魅了されたように口の端を吊り上げてあまい声で言った。

「白くて、寒くて、どうしようもないけど。こうして目を凝らせば結晶だって見える…そんなちいさなものが誰も世界にいないみたいに、あたりから音を奪うんだ。耳が痛くなるほどの静かさじゃないけど。不思議なんだ」

それは、音を吸収するからだとさっきガイに教わったのではないのですか。正論を返せばことどもは素直にうん。と頷いてグローブをはめた手を胸の前で温めるように握り締めた。冷え切った指先は互いを添えてもなかなか血流がめぐらない。少し、感覚が鈍ってきた。
こんなときに魔物にでも襲われたら大変だよな。とこどもは思う。そういうところはちょっと、寒いところは不便だけど。
だけど。
赤いくちびるは不思議だともう一度繰り返す。

「…だって、目をつむったらここに俺が立ってるなんてわからなくなるんだぜ?」
「莫迦ですか、あなたは」

間髪いれずに言葉が口をつく。
そしてほぼ同時に体が勝手に動いていた。手袋をした硬い指先が、寒さで血流も感覚も薄くなったこどもの手首を乱暴に握り締めた。

「!?」
「人間は。生き物とは…音を発せずには生きていけないんです。筋肉の軋む音、間接の動く音、心臓の鼓動!すべてが音を発しています。だから、存在がわからなくなるだなんてことはあるわけがありません」

「現に―――」

言葉を切ると一気に静寂につつまれる。
こどもの言葉の通り、雪はあたりのあらゆる音を吸収してしまい広い広場の只中で音素灯の燃焼する音もせず、ただわずかに雪の降り積もる音だけが鼓膜を揺らす。

「現に、あなたの鼓動の音がする」

手首を開放してそのままてのひらをこどもの鍛えた胸に当てる。
呼吸の上下とともに指先に伝わる拍動。トトン、トトン…その繰り返し。

「音なんて、するわけねぇ。だろ」
「しますよ」

胸に手を押し当てたままジェイドが一歩踏み込むと、こどもとの距離が近くなる。そのまま抱きしめて、囁くように言った。

「命の音です」
「莫迦はどっちだよ、」

こどもはもう反論しなかった。


恋仲なふたりに20の指令http://andon.sub.jp/title/index.htmlより
12:抱きしめよ