Diamond Ф Bangle

ただ、何の意味も無くつながれたこの手のひらは幸福の象徴。


―――――――さくらいろのつまさき


「ジェイド!」
名を呼んで喜びを溢れさせたこどもは、海辺の砂を蹴る。
手の中には浜で拾った貝殻がいくつも光を放ち、彼の指先を薄く桃色に染めて見せた。砂を蹴る後ろには、彼が仲間と呼ぶ少年や少女たちが同じように薄桃色や藍の貝殻を拾い集めていた。
「おやおやー、皆さん精が出ますねぇ」
「あったりまえだっつーの!交易品は旅の命綱」
ざくざくと暑い季節を過ぎた砂をかき分けながら褒めれば、こどもはこどもらしく胸を張る。
交易品集め、といってもディンの店でアイテムに代えるために集めているのではなく、単なる暇つぶしであるだろうことは容易に想像できたがジェイドは素直に賛辞を口にした。
「そうですね。わたしの分まで有難うございます、ルーク」
それを受けたこどもはさらに身にまとう雰囲気を華やがせた。
「なぁジェイド!少し自由時間にしないか?」
「自由時間、ですか?」
「…駄目、か?」
浮ついた雰囲気のまま口にされた言葉にジェイドは少々驚きを隠せなかった。この世界情勢下で何を悠長なことを言っているのか、などと言った至極全うな驚きではない。
むしろその逆。
生き急ぐ儚いこどもが、そんなこどもらしいことを口にするとは思わなかったのだ。
驚きに見開かれた赤い瞳をやわらかに細めると、こどもは不安に揺らめかせた視線をおずおずとこちらに向けてくる。アクゼリュスの前まで彼に備わっていた無遠慮で高慢な視線はそこにはもうない。その真っ直ぐであることを放棄した瞳に腹ただしさを覚えたこともあったが、今ではもうこれが彼なのだと慣れてしまった。
「いいえ。あなたが言い出さなくてもわたしが言おうと思っていました。偶には休息も必要ですからね。それに、今は火急に向かわなければならない場所などひとつしかありませんし、グランコクマがすぐそこです。疲れたら陛下に客室くらい用意していただきましょう」
急ぐ場所、という単語に再びこどもの視線が揺れる。
あぁしまったそれは地雷だったかと思うが既に放った言葉であったし、どんなに浮ついた雰囲気に彼が身を任せていようとも目的地は変わらない。急ぐ理由は数あれど、その中心であるこどもが時折薄く透けてしまう指先を見ないふりをする程度には寄り道も休憩も取れる算段がジェイドにはあった。
「と、いう訳です。皆さん貝殻掘りはやめても大丈夫ですよー」
にこりと笑って時折こちらの様子を伺っていた仲間たちに声をかける。その途端一番年下の少女が砂に手をついて腰を下ろした。黒髪のツインテールが西へ沈み始めた光を浴びて、わずかに緑色を帯びる。
「はー!もうアニスちゃん疲れちゃったしぃ。ルークってば張り切りすぎぃ」
「そうですわね。でも綺麗な貝殻がたくさん集まりましたわ」
「そうね。ディンの店に持っていかないのだったらこれでアクセサリーでも作りましょう」
手の中に桜色や薄様の貝殻を並べて、大きさを見ながら少女たちが笑う。それを風上から見ながらこどもはそんなので作ったってなんの役に立つんだっつうの。と小さく悪態をつく。けれどその表情は穏やかで、いっそほほえましい光景を目に焼き付けている老人のように凪いでいた。
「でも、綺麗でしょう」
砂の上に立ち尽くしていたこどもの手をとって、はためく海風の中貝殻を広げさせる。薄くて小さなものが傾く日で光ながら手の中を転がり、しゃんしゃらと軽い音を響かせる。
「うん」
一際強い海風にそれらを攫われないように、こどもはひかりのかけらを握り締める。手の中でぎゅっとかけらの擦り合う音を覆い奪うように強く手をとった。
「…っ、手!」
「もっと集めないと駄目ですよ」
「?」
きょとん、と首を傾いだこどもに笑いを堪えて歩き出していた足を止めて振り返る。潮風が長い髪を背後から邪魔になるように吹き上げる。こどもの短い髪は陽光に晒されて空と空気を金茜に染め上げる世界に同化してしまいそうだ。
美しいその色に魅了されながら、同化していく彼の指先がまた一時薄くかすれる。
「最近カジノにはまっていましてね。軍資金にしたいのですが」
協力してくれますよね?
胡散臭い!と彼のこどもに称される笑顔を承知で顔に貼り付けて問えば、こどもは世界に溶けかけた髪をその指でかき回して同意する。
「さ!」
「最近、陛下に似てきたんじゃねぇの!!」
数歩踏み出して、顔を顰める。
「いやですねぇ〜あのブウサギ陛下と一緒にされるなんて私も落ちぶれたものです」
さっきまで仲間たちが掘り返していたあたりに屈みこんで、拾われ残った藍色の貝殻をつまみながら呻く。こどもはその様が可笑しいのか、けらけらと笑うと一緒になって貝殻を探し出す。
波打ち際に転がっているもの、海水に浸り浚われ押されてころころと回転しているもの。1つずつを丁寧に手の中に納めていく。
「ジェイドー」
「はい?」
「俺、さ。セルシウスキャリバー欲しいなー」
拾い上げた貝殻を光に透かしその虹彩を確認するようにつぶやく。足元の砂を海水が少しずつ削り取っていく。不安定なほどに減れば位置をずらす。繰り返しながら道具袋に入れた貝殻の重みに歓声を上げた。
「…私のあたり運の無さを知っていっているんでしょうか」
「そういやお前この間もボロ負けして、ティアたちにこってり絞られてたしなー。あの後一週間飯当番だっけ?」
「あれは半分はアナタですよ」
掛け声と一緒に立ち上がってみればもう随分と日が暮れていた。トントン、と痛む腰を励ましながらこどもの持つ道具袋に拾い集めた貝殻をしゃらしゃらと足してやる。
「まぁ、そういう訳ですから元手はたくさん有ったほうがいいということです」
「そろそろ帰りましょうか。噂の陛下が首をながーくして女性陣の帰城をお待ちしてますよ」
夢中になってネックレスを製作していた少女達も、はぁい。と応えるとすぐさまにでもグランコクマへ向かう準備は万端のようだ。少女たちにあれやこれと使われていたガイもほっとした表情を見せた。
全員の準備が整ったのを見届けて、一番後ろを歩き出す。
「ジェイド!」
とうに先を歩いているものだと思っていたこどもの声に髪が踊る。驚きを隠して振り返れば、闇に沈みかけた波打ち際にこどもは未だ立ち尽くしている。何をしているんですか、そう冷淡に放たれたれようとした言葉はこどもの搾り出された声音に消された。
「俺。何時まででもまってるから、さ!」
言葉は続かない。唾液を飲み下す喉が僅かに上下して、彼が酷く緊張していることだけ理解する。
「ずっと待ってるからさ、」
「…セルシウスキャリバー。必要なチップは2500000枚だったと記憶していますが」
あの賭博場で最も高価な品物であるのは重々理解しているのか、こくんと顎を引くだけの同意を見せる。
完全に闇に沈んだ世界で、ジェイドは小さく嘆息した。
このこどもが欲しているのは高価な景品などではなく、小さな守られる可能性などかけらも存在しない約束なのは解っていた。それでも彼は自分が存在する限り今までと同じ約束や指切りを繰り返す日々を望んでいる。
それはあまりにも愚かで愛しい。
確証のない約束はしたくない。それは信条だが、今だけ。今回だけはそんなもの曲げてしまってもかまないだろう。
「…何年かかるかわかりませんよ」
自分でも驚くほどに柔らかな声音が空気を振るわせる。闇に沈みかけたこどもはパッと赤い瞳を見上げると、いつも体温が低くて、ひんやりするとしていて短く切られた爪の指先がくしゃりと前髪ごと頭を撫でた。
「待ってるよ」
「気長にお願いします」
笑って、二人で砂浜を後にする。防砂堤を超えれば、少し向こうに少女達が赤い髪のこどもが上がってくるのを待っているのが見えた。



恋仲なふたりに20の指令http://andon.sub.jp/title/index.htmlより
19:約束せよ