Diamond Ф Bangle

「おやすみ!」
バチカルの屋敷にみんなで泊まるのを、いい顔をしないひともいたし、新しい兆しだと喜ぶものもいるなかで、それぞれが宛がわれた客室へと消えていく。ただ、ひとり。ジェイドだけが部屋まで送り届けてくれて、それがすごく嬉しくて。今日の日記はもう書いてしまったけれど、ただこのためだけに書き足してもいいんじゃないかというほどに嬉しくて。
にやける頬に血が集まって、熱い。
てれを隠すように挨拶をして、ぱたんとドアを閉じた。
中でお茶でもどうかと声をかければ良かったのだけれど、ジェイドが屋敷の中にいることを快く思わないひとたちがいることを忘れてはいけませんよ。とジェイドが屋敷の門をくぐる前に釘をさしたから、それはぐっと我慢した。
きっとここまで送り届けてくれたのだって特別待遇なのに、そういう人たちはきっと俺をたぶらかす悪い輩に見えるのだという。
「そんなやつ、ここにいるわけないのにな…」
ベッドにひとり腰掛けて、小さな頃みたいに足をぶらんぶらん揺らしてみる。こどもの頃は、それがすごく楽しくて毎日眠れるまで飽きることなどないようにそうしていた。
「へへ、懐かしいなぁー!」
理由のない嬉しさがこみ上げてきて、また頬が熱くなった気がする。ちょっとだけ、嫌なことを言う大人のジェイドに腹を立てていたのだけれどそんなものはどこかへ行ってしまった。
ぽすんとベッドに寝転がれば、大きく取られた窓から望む満月。
ずっと世界は四角い空しかないのだと思っていた。見下ろす街は遠く、王城さえも手が届かなかったのだ。
「世界がこんなに広いなんて、お前にはわからないんだろうなー!」
笑ってローテーブルに置かれた肖像画を遠くから指ではじく。
「すげぇ、楽しいんだぜ。辛いこととかさ、嫌なこともあるけど…でもな、みんなと一緒にいれんのが一番」
赤い髪の、今にもあふれ出しそうな瞳を一生懸命空に向けて立つこどもの絵。
描かれたときの記憶はないけれど、ずっとガイがあの時は本当に大変だったと今でも愚痴をこぼすからきっと泣いて泣いて大変だったのかもしれない。あの頃世界の全てはこの屋敷と、ガイと母上が占めていた。
今は…。
今はもっとたくさんのことが自分の中でひしめき合っていて、どれが一等とか優劣をつけられそうになかったけれど、ふいとジェイドが握り締めてつれてきてくれた右手を見れば、また頬がゆるんだ。
「すっげぇ嬉しいんだ」
ぐふふふふ、と気味の悪い笑い声をもらしながら右手をきゅっと握り締めたまま寝返りを打つ。
なんでだろう、ジェイドがただ部屋まで送り届けてくれただけのに。そのときちょっと手をつないでくれただけなのに。
今日はガイが、いないから。代わりに手のかかる子ですねぇそう言って髪の毛をなでておやすみを言ってくれただけなのに。
すごくすごく、すごく。
うれしくって。
明日もこんなふうだったらいいなぁと、大きなあくびをひとつして。柔らかなベッドの上に寝転んだまま、満月のひかりに晒されてこみ上げてくる笑みのまま眠りについた。



   


短いけど、ぐふぐふ笑っている幸せそうなこどもが書きたかった。
恋仲なふたりに20の指令http://andon.sub.jp/title/index.htmlより
03:甘やかせよ