暑い砂漠の、朽ち果てた遺跡の只中。 陽を遮るものの何もない世界で、たった一冊。時間を忘れたような本が落ちていた。 ページは日にやけ、朽ちて読めないところも多かったけれど。それでも、それは確かに幻の中で見たこの遺跡に生きたひとの日記だった。 「いいなぁ…」 触れただけで朽ちそうなページを読み終えて、リタはため息のようにつぶやいた。 恋愛小説なんて読んだこともないが、それでも、少女らしく恋だの愛だのに僅かながら憧れる気持ちはある。それがそのまま零れ落ちたような言葉だった。 「いいですねぇ」 「そうかしら?もっと前向きでもいいような気もするけど」 一緒に日記をのぞき込んでいた年長の少女たちも言いたいように感想を述べる。 出会ったころは、三者三様の意見に腹ただしさを感じることも多かったのだが最近では雑談をしても、意見が食い違っても、意見の違いだと割り切れるようになってきた。 そう。 学説の違いのようなものだ。ひとつの物事に対しても、複数の学者が集まれば違う意見も出る。 真実自分がただしいと思うのなら、証拠を集めて説を実証すればいいだけの話だ。 「悲しいのは嫌ですけど、ちょっと悲恋ものの恋愛小説みたいで…」 胸の前で優雅に両の手を合わせてエステルが、空色の瞳をわずかに揺らした。 彼女の視線の先には、いつもの飼い犬を従えた黒髪の青年の姿。 リタとジュディスの視線がそれに追従したとき、ユーリはこちらを見て笑って小さく手を上げた。 「何の話だ?」 「ユーリ」 「みんなであの赤い箱のプレゼントのひとを待ち続けていた彼女について話していたんです」 エステルが頬をゆるめて、一・二歩前に出て説明を始める。 「ほら、前にここに来たときはずっと待ったじゃないですか?それがこの日記だと新しい恋を探すって決めたらしいんです」 まるで彼女を待っているのが、幸福ばかりだとでも思っているかのようなエステルの言葉にユーリはわずかに首をかしげて、長い髪が肩をさらりと撫ぜた。 「で、そんな風に過去の男への想いを封印して新しい恋へと向かう健気さがいいのか。それとも、」 「それってちょっと後ろ向きじゃない?」 「という話をしていたんです」 二人の言葉を受け取ってエステルが纏める。 「へぇ…」 ユーリの視線がリタの手の中にあるままの日記帳に注がれる。その古ぼけた表紙。 そして朽ちて読めない日記の続き。 「ユーリはどちらがいいと思います?」 無邪気な口調でエステルがたずねるとユーリは即座に右手をひらひらと振りながら視線を逸らした。 「勘弁。オレにはどっちかなんてわかんねぇよ。つーか、オレ。恋人のもとにたどり着けずに死ぬか、どこかで前の恋人を引きずった女の新しい恋人役のどっちかなんだろ」 「そんなん考えたくもないって」 考えたくない、というよりは面倒くさいんだろうな。というのはリタにもわかった。けれど、ユーリがそんな風に会話を投げてしまうことは珍しくてきょとん、と隣に立つ高い背を見上げる。 「あら、ねぇ?」 「ええ」 だが、年長組だけが顔を見合わせて違う反応を返すのでそのまま新緑の瞳は彼女たちを順番に見回した。 「なんだよ」 子どものように唇を尖らせたユーリがこれ見よがしにラピードの頭を撫でたおす。 「ユーリは意外にロマンティストなんですねぇ」 「はぁ?!」 「だって、ユーリはちゃんと彼女のもとにたどり着ける恋人でいたいし」 「どこかで前の恋人を引きずるような可愛そうな女は居て欲しくないってことじゃないのかしら?」 ジュディスとエステルの瞳を輝かせた言にユーリは益々居心地が悪そうに視線を泳がせて、尖らせた唇が搾り出すように同意した瞬間思わずふきだしてしまった。 「なっ!笑うなよ!」 目元を赤らめて怒るユーリに引きつりそうな頬をとめられない。 「わたし、何かで男性の方がロマンティストだっていうのを思い出しました」 全員がその優しさに誘われたように笑いあう。 「エステル。その学説当たってるわ」 おなかを抱えたまま、エステルを見上げれば上品に笑って 「学説…ではないと思いますが…ユーリに関しては当たっていると思います」 「そうね」 最後に女性人全員で頷きあったとき、遠くからカロルをつれたレイヴンがこちらを目指してのんびりと歩いてくる。 もうすぐ自由時間はお仕舞いらしい。 そのときふと、ジュディスが思いついたように長い指を顎に沿わせてとどめの様な一言をつぶやいた。 「…こんな一途なひとを好きになる人はきっと大変ね」 |
砂漠 に 咲く花 |