SOSは、HARUシティで発行予定だった新刊に壱川が原稿を落とし(・・・) それを無料配布としてイベントでSOSを購入された方に配布したものと全く同一のものになります。 (本の在庫がなくなりましたので終了しています) 以上のことにOKな方はこのままどうぞ。CPはレイユリです。 |
スイーツなんてあんな砂糖の塊を食べるなんて、おっさんには理解できないわぁ。 それはレイヴンのいつもの口癖だ。けれど今日だけは何かが違うようで、灰碧の瞳に期待を篭めて目の前で黙々と菓子用のナイフとフォークを動かし続けるユーリに平静を装って問いかけてくる。 「青年、おいしい?」 「ん?まぁな」 手を止めることなくユーリは暗紫の瞳をちらり、とレイヴンに向けて顎を引くだけの同意を見せる。しかしその、どっちつかずのような返答にレイヴンはあからさまにガッカリしたように肩を落とした。 ユーリは不思議に思って目の前の皿にのる食べかけのクレープを見つめてみるが、特にいつもと変わっているようには見えない。 「おっさ―――」 「勝負よ!」 どういう事かと、尋ねようとしたあかい唇を牽制するようにレイヴンの右手の人差し指が勢い良くユーリの鼻先に突きつけられた。 「はぁ?」 間抜けな返事で開かれた口から咥えたままだったフォークが派手な音を立ててテーブルの上で転がる。ユーリは慌ててフォークを拾い上げると、応急処置的に皿の隅に立てかけた。 「だ・か・ら!勝負!!この前ワンダーシェフにおっさんのクレープ絶賛してもらったし!」 負けないわよ! 言っている意味がわからず、ユーリは眉間にしわを寄せてレイヴンの言葉を租借する。 今日のクレープはユーリの好きなブルーベリーと生クリームを乗せたシンプル且つ、酸味と決して甘すぎない生クリームの組み合わせが確かに秀逸だ。そして、この秀逸な一品を作り出したのは今目の前で行儀悪くユーリの鼻先に指を突きつけて、ワンダーシェフにクレープの味が美味かったと褒められたのだとのたまうおっさんで間違いないだろう。 だがしかし、どうしてそれが勝負などという方向性に転んだのか。さっぱりわからない。 「おっさん。頭沸いたか?」 わずかに首を傾げればその仕草が自分自身を幼く見せていることなど知るはずもないまま長い髪の毛が肩を滑って落ちていく。 「ちょっとちょっと、あのねー青年。おっさんこれでも一生懸命青年や嬢ちゃんたちのためにおいしいクレープとか色々、心をこめて作ってるの」 「それがどうした?」 何を今更、とユーリは暗紫の瞳を益々怪訝そうに眇める。 レイヴンの作るクレープだったりアップルパイだったり、彼のレパートリーは彼自身が甘いものが好きではない事など嘘ではないかと思うほどにうまい。それはつまりそれだけ丁寧にレシピどおりであることに重点を置いて、更にはユーリたちの食べる様子を見ながら少しずつ改良を重ねてきているということだ。(お陰で目の前の生クリームも一等ユーリの好みに合うように作られている) 好きでもないものにそこまで情熱を傾けられることには関心すらするが、それを隠して美徳としてもひけらかしては自慢にならない。 「菓子作りなんて、決まった分量を決まったタイミングで入れれば基本的に失敗なんかしないだろうが」 自分でも何の話をしているのか分からなくなってきて、意地が悪いと思いながら口を尖らせればフォークを手放した指先の爪が鋭い音を立てた。 「それはそうなんだけど!……もう少し美味しそうに食べてくれたっていいじゃないの」 深いため息と共にテーブルの上についには突っ伏してしまったレイヴンの高いところで纏められた烏色の髪が僅かに揺れて、じとりと灰碧の瞳がこちらを見上げてくるので、ユーリは小さく肩をすくめた。 「…うまいぞ?」 「あそー…。ってもう少し嬉しそうにしてよって話なんだってば」 大体青年はいっつも仏頂面してデザートのお皿受け取りに来るでしょ、もっと少年とか嬢ちゃんみたいに満面でうれしい!って表現してくれたっていいじゃない。 ぽふり、とレイヴンの長く弓を引き続けてきたことで硬くなった手のひらがユーリの肩に乗せられる。 「リタだって同じようなもんだろ」 触れ合った分だけ近くなった距離にユーリは無意識に顔を横に逸らす。 「だから、そこが分かってないっていう話」 「つーか勝負するとかしないとかていう話じゃなかったのかよ」 ぬるい体温を伝えてくる手のひらを振り払うことも出来ず、更に苛々とテーブルを叩く指先が加速する。 リタと自分の違うところなんてさして思いつくことなどない。強いて言うならあちらのほうがどこか幼く、感情表現が豊かだということくらいだろう。でも、リタの年齢を鑑みればそれは極自然なことのように思えた。 それにハタチを過ぎた成年男性が、クレープごときで派手に喜ぶ姿なんて想像を絶する。というか、ない。絶対にありえない。 据えた瞳で灰碧を睨みつけてみるが、レイヴンは全く怯むことなく肩を掴む手に益々力を込め深いためてくる。そして、真正面からユーリを見据えて真剣そのものの顔で口を開いた。 「だから勝負しておっさんが勝ったら、青年に『いやーん★おっさんのクレープ大好き』って言ってもらおうって思ってたのよ!」 その真剣な眼差しとは正反対のやけくそのように叫ばれた言葉に、二人っきりの食堂の空気が凍りつく。 長く旅をしてきてある程度おっさんの素っ頓狂な要望や意見(この口調で時々本当に真面目なものが混ざっているから困る)にも免疫が出来てきていると自負するユーリですら、とっさに返す言葉が見つからない。 「・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・わふっ」 焦れるような沈黙のなか、それまで気配を殺していたのかと思いたくなるほど静かに床に寝そべっていたラピードが小さく欠伸をした。忘れかけていた存在に視線を向ければ、何を遊んでいるのかと言わんばかりに澄んだ青色の瞳をユーリに合図のように向けてくる。 その視線につめていた息を盛大に吐いて、男にしては長いまつげを押し上げた。 「レイヴン、」 凪いだような声で名を呼んで、まだ肩に添えられたままの手首に己の指先を絡めてやる。微かにユーリのほうが高い体温は、急速に互いの肌を馴染ませた。 そのまま半眼のままレイヴンの僅かに乾いた唇に噛み付くように己のそれを合わせた。 突然のユーリの行動に未だに肩に回されたままの指先が揺れたが、構わずにあわせただけのそれをもう一段階深くする。 食堂に他に人はいない。遠くに人のさんざめくざわめきが聞こえてくるぐらいで、二人が動きを止めてしまえば外の廊下からは誰かが存在するなんてことはわからないだろう。 「…あまっ、」 離れ際にもう一度ユーリの唇を舐め上げてレイヴンはその甘さに眉を寄せた。自分の口の中にそんなにクリームや何かが残っているとは思えずに、さっきまで熱を孕んでいた口内に舌を這わせてみるがやっぱり味なんてわからない。 「ていうか、ちょっと。どうしちゃったのよ青年」 覗き込むような灰碧の瞳にユーリは、にやりと口角を上げて微笑んだ。 「褒めて欲しかったんだろ?」 「およ。ご褒美ってこと?」 「まあなって、ちょ…!」 もう一度、今度ははじめから深い口づけを強請るよう唇をぺろりと舐められて咄嗟に逃れようとした頭を伸ばされた手に掴まれる。そのまま深く口づけられ、突っぱねるように羽織に手をかけるが力が入りきらない指先は鮮やかな色を掴んだだけだった。 「おっさん嬉しいわぁ」 やっと離れた唇に乱れた呼吸の合間にレイヴンが長い艶髪を梳きながら満足げにつぶやくのを聞きながら、唇を尖らせる。 「毎回じゃないからな」 「あらら、おっさんまた一生懸命クレープ作んないといけないってことかしら」 「当然」 な、ラピード。と足元に擦り寄ってきた相棒の頭を撫でれば、さらに上からレイヴンの硬い手でくしゃりと頭を撫でられる。決して細くは無い指と束になって落ちる髪の毛の合間から、渋い顔をしているだろう相手を見上げれば想像以上に穏やかな顔がのぞいた。 「じゃ、ユーリも次はおいしいってちゃんと言えるように頑張って頂戴ね。仏頂面が照れ隠しなのはお見通しなんだから」 「………」 照れ隠しなんかじゃない。 そう言い返そうと薄く開いたくちから音が発せられる前に、廊下から仲間たちの賑やかな声が聞こえてきてそれまでずっとユーリの頭を撫でていた手があたり前の様に離れていく。 「期待してるからねぇ」 ひらひらと右の手を振って、彼らを迎え入れるためにレイヴンが食堂の扉を静かに開けた。 |
ストロベリー オン ザ ショートケーキ |