もしもの夢を見る もしも、だ。 衰退世界の神子としてこの村に生まれていたら。俺はロイドくんのよい友人になれただろうか。 幼馴染として同じ村の友人たちと机を並べて毎日リフィル先生の授業を受ける。きっと俺とロイドくんは宿題忘れの常習犯に違いない。毎日小言を言われて、ジーニアスが呆れたように放課後の追課題に付き合ってくれるだろう。 家に帰ったら、 「十六歳になったら村を出て、世界を救う神子なのだから人の見本になるように生きなさい」 そう叱られて、たった十六で命を落とすなら好きなように生きさせてくれればいいのに。そう思いながらきっと、黙ってわかっています。そう返事をするに違いない。 時々年少の子どもたちの面倒を見がてら、色んな遊びをする。かくれんぼに石蹴り、ごっこ遊びにそれからいろ鬼。たくさん日が暮れるまで。ゼロスお兄ちゃんなんて呼ばれてさ、くすぐったくて仕方のない日々。 勿論ハニーとも遊ぶさ。二人でもいいけど、この場合なら三人だな。三人で森に行ったりダイクの親父さんが仕事してる後ろ姿を、部屋の入り口からそっと盗み見たりするんだ。 (鋼を打つ姿に目を輝かせるロイドくんとか、見てみたかったなぁ) 毎日楽しいことばかりじゃなくてもさ、なんとなく皆で居たら大丈夫。そんな風に思ってるんだ。 ―――そして俺は十六歳の誕生日を迎える。 世界の狭間ににょっきりと現れた再生の塔の階にたぶん、色んなことを考える。友だちのこと、家族のこと、そしてロイドくんのこと。でも何も伝えられないまま再生の旅は始まるんだ。 なぁ、もしも。 俺が再生の旅に出るとしてロイドくんは、一緒に旅に出てくれただろうか。ゼロスのことが心配だと、背中を追いかけてきてくれただろうか。 天使疾患で眠れなくなって、食事をしなくなる。それから感覚が消えて声を失っていく俺を見て、彼は何を思うだろうか。 全てを失って何も感じない俺の手を取って、泣いてくれたりするんだろうか。 世界と天秤にかけられた俺を助けるのだと、再生の旅を捨ててテセアラまでやって来て二つに別たれて久しい世界を統合しようとしてくれるだろうか。 (ありえない) ふるり、と紅色の扇が揺れて一筋だけの涙が零れ落ちたのを見つけてゼロスの頬に手のひらを寄せた。夜気で僅かに冷えた頬に涙だけが熱い。 ゼロスにしては珍しく深い眠りについているのか、ロイドがそのまま指で涙の痕をふき取っても起きる気配がない。一体どんな夢をみているのだろう。 例えばメルトキオに降る白い雪の夢とか、かな。 勝手な想像に首を傾げて、手入れを怠っているのか乾燥した唇に触れる。嫌な夢なら覚めてしまえばいいのに。そう思うが乱暴に肩を揺すって起こす気にはならない。 「泣きながら、笑ってるみたいに見えるんだもんな」 小さく笑ってそっと口付ける。触れるだけキスだ。眠りの妨げにはならないだろう。 夜中家の中に響いていた鋼を打つ音は少し前に止んでいた。きっと毀れてしまった刃は今ごろもとの輝きを取り戻しているに違いない。 「さて、と。俺は朝食…の前に水汲みだな」 ひとりで呟きながら裸足で床を踏む。ブーツは廊下に出てから履くつもりだ。踵の立てる高い音は存外気になるものだから。 パタン、と軽い音を響かせて部屋の扉が閉じられると薄い瞼の縁を彩る紅色がもう一度震えた。 |